エンゼルブログ
2025/12/25

歴史の玉手箱~第25回 明治時代のお菓子~日本の西洋菓子の夜明け~

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エンゼルファミリーのみなさん、こんにちは、KAZUYOです。

突然ですがみなさんは、森永製菓の創業がいつか、ご存じでしょうか。

答えは、1899(明治32)年。欧米列強に追いつこうと、日本が近代国家としての体制づくりを進めていた時代です。
その年、アメリカで11年に及ぶ菓子製造の修業を終えた森永太一郎は、東京・赤坂溜池に「森永西洋菓子製造所」を掲げました。
日本に西洋菓子を広めたい——そんな大きな志からの創業でした。
 
 ▲創業者の森永太一郎

西洋風の生活文化が少しずつ浸透し始めていたとはいえ、当時の消費者はもちろん、菓子取扱業者も西洋菓子の知識は乏しく、普及への道のりは容易ではありません。西洋菓子を見たことも食べたこともない人がほとんどという時代、菓子店を回っても「西洋菓子」というだけで断られ、相手にしてもらえない日々が続きます。

和菓子店では「こんなシャボンくさい菓子など扱えるか」と言われ、輸入品店では「舶来品でないから信用できない」と突き返される——それでも太一郎は諦めません。菓子見本を入れた箱車を作り、街を回って自ら広告しながら売り込む工夫を重ねます。1899年のクリスマス前、輸入西洋菓子が東京や横浜の有名食料品店に陳列されたことを機に、西洋菓子そのものへの関心が高まり、森永の西洋菓子の注文は急増しました。
1904(明治37)年頃には、西洋菓子は日本で一般に知られる存在になったそうです。

今回は、そんな時代の中で生まれたお菓子を紹介します。

 

1899(明治32)年創業


創業時の開店挨拶のチラシには、キャラメル、マシマロー、クリームチョコレート、ドーナッツなどを製造できることが告知されています。創業から数年の主力は、マシマローやバナナ(バナナ風味のマシマロー)でした。

 
 ▲創業時の開店挨拶チラシ



 
 ▲マシマロー化粧缶(1909年)



 

明治末期の商品


創業時からアメリカ風の西洋菓子を製造していましたが、高級菓子としてイギリスから輸入された乾燥菓子に対抗し、バナナドロップス、フローレットなど優れた品質と斬新な包装の乾燥菓子を安価に提供しました。
森永製菓が製造した乾燥菓子が、一時は日本の菓子界の王座を占めたそうです。どのような菓子かというと、例えば、フローレットは、表面はすべすべしていますが、中は軽石状で軽い食感とくちどけの良さが特長。ソラマメ大の大きさで量り売りされていました。
その後、近代的な工場を新設して外国人技師を招いたことで、ゼリビンズなどの掛物をした菓子も製造できるようになりました。

 
 ▲スター(1910年) 
乾燥菓子 円形の色とりどりの菓子
 
 ▲フローレット(1910年) 
乾燥菓子 様々な形が可愛い
 
 ▲バナナドロップス(1908年) 
乾燥菓子 この頃、果物のバナナは高級品でした
 
 ▲オシドリ(1911年) 
乾燥菓子 紫蘇エキスを使用した和洋折衷の味わい
 
 ▲スポンジメキスト(1909年)
様々な形の乾燥菓子の詰め合わせで当時の代表的な進物品
 
 ▲アメリカンメキスト(1909年)
糖衣を掛けて仕上げる菓子などをガラス瓶に入れた詰め合わせ
 
 ▲ゼリビンズ(写真は大正期のもの)
 
 ▲森永ミンツ(1911年)
ミンツと数種類の香味を加えたもの


 

明治期の広告


「広告」も普及を後押ししました。小売店に配布した額縁入りの肉筆ポスターでは、文字そのものが菓子を表現する遊び心あるデザインで目を引きます。当時ならではの活動としては、1906年から「汽車博」に参加しました。列車の座席を取り払い、商品を陳列して即売する移動型の博覧会で、一流メーカーが名を連ねる中、製菓業者としてはただ一社の参加でした。各地の駅に停まりながら開催することで、森永の西洋菓子は各地へと広がっていきます。

 
 ▲小売店に配布した額縁入り肉筆ポスター
 
 ▲1910年の北海道汽車博の展示車両と展示商品



新聞広告も、食の近代化を言葉で支えました。森永製菓初の広告(1904年)には「中元御進物用西洋菓子衛生佳品 マシマロー バナナ」と記され、販売先として「有名西洋食料品店や上等菓子舗」を掲示。販売店名を列挙する広告を見ると、有名和菓子店や輸入食料品店で取り扱われていたことがわかります。

季節の文言が添えられる一方で、繰り返し使われたのは「西洋菓子衛生佳品」というフレーズ。一般的なお菓子屋の製造現場が必ずしも清潔ではなかった時代に、森永製菓は「安心しておいしいものを食べていただくために、衛生的に製造する」ことに徹底してこだわりました。この姿勢は、新しい菓子が社会に受け入れられていくうえで、欠かせない信頼の土台となりました。
 
 ▲最初の新聞広告(1904年)
 
 ▲新聞広告(1904年)
京浜地区の販売店を掲載した広告
 
 ▲新聞広告(1904年)
歳暮、年始、クリスマスご進物用 と書かれています。掲載されている商品名が当時の主力商品です。


未知の「西洋菓子」を「日常の楽しみ」に変えていく——それは、まさしく食の文明開化への取り組みでした。


次回は・・・、1971年発売で、2026年に発売55年を迎える「小枝」を取り上げます。
どうぞお楽しみに!

 
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